コモンズと郷愁

“Ecosystem” という言葉は『生態系』と訳されるけれど、これは実態に則しているのだろうか。WordPress の世界でも “WordPress ecosystem” という言い回しをよく見るのですが具体的にこれが何を指しているのかよくわからないことが多いです。

僕が WordPress に出会った2004年ごろ、プラグインやテーマといった機能拡張の仕組みやローカライズの仕組みがまだ整っておらず、何かアイデアを実現したかったら自分でコードを書くしかなかった。そうして作られた拡張や改善のコードは当然のように無償で公開され、誰もが自由に利用し、またそこから学ぶことができた。

ユーザーベースがまだ小さかったのだから当然っちゃ当然ですが、WordPress を使ってビジネスをしようという発想の人が当時あまりいなかった。WordPress というコモンズで共生するコミュニティ。そんな牧歌的な光景が2000年代を通じて見られたように記憶しています。

「なぜ Contact Form 7 を商用化しないんですか?」という質問を受けるたびに僕はこのように答えます。あなたは WordPress を無償で使ってるんでしょう? WordPress が無償なのに、コンタクトフォームみたいな基本的な機能を導入するのにお金を払わないといけなかったら、何かおかしいと感じませんか?

僕は WordPress に恩返しがしたいんです。乗っかってるプラットフォームに敬意を払わないなんてあり得ない。かなり初期の頃から WordPress のコミュニティにいるのでそんなこと疑問に思ったことがなかった。というかそんなのみんな同じだと思ってた。


2012年に書いた『フリープラグイン宣言』の中で、商用プラグインのトレンドが長期的に WordPress のコミュニティを弱体化させる危険について指摘しました。当時は「それは杞憂に過ぎない」とか「商用プラグインは開発者の生活を安定させるのだからコミュニティにはむしろプラスに働くはず」などの反応が多数でしたが、さてどうでしょう。2026年現在、あの指摘が現実になっているのでは?

先日、「WordPress.org に商用プラグインのマーケットプレイスが設けられていないのはクレイジーなことだ」という趣旨の発言を目にして驚きました。もしかして商用のプラグインが普通だと思ってる? 高品質なプラグインを無償で使えるってことをごぞんじない? でも、商用のプラグインやテーマしか使ったことのないユーザーがいるとしたら、そのような発想になるのも無理はないかも。

意識に変化が見られるのは買い手ばかりではなさそうです。一昨年話題になった Joost de Valk の Breaking the Status Quo に気になる記述がありました。一人のリーダーが独裁する現状を打破して新たなリーダーシップ体制に移行しようという主張の中で次のような一文が出てきます:

In my ideal world, the following things happen:

A WordPress foundation like entity becomes the lead of the project, and gets a board of industry people, from diverse backgrounds.

“industry people” とは具体的に誰を指すのだろう? 直訳するなら『業界の人々』。エンドユーザーの代表者というわけではなさそうです。おそらくは、WordPress を利用してビジネスをしている商用プラグイン・テーマのベンダーやホスティングサービス事業者などの関係者。うーん、業界関係者の委員会によるリーダーシップ体制が今より民主的だとでも考えているんでしょうか。ディストピアめいてきたな。

“Ecosystem” が『生態系』でないなら何か。『業界団体』、あるいは単に『業界』でしょうか。

Joost de Valk は Yoast SEO のオリジナル開発者で、ポッと出の新参者などでは全然ありません。そんな人までがこんな、コミュニティの利益を無視して業界の利益を優先させる発想に染まっているのか。ある朝起きたら村人全員ゾンビに変わっていたような恐怖を感じます。


暗い話ばかりでは何なので希望の持てる話も。『フリープラグイン宣言』に書いた予想に反して、商用プラグインやテーマを開発する人の中にもビジネス上の利益とコミュニティの利益を両立させようと懸命に努力する人たちが出てきています。そんな動きが他でもない日本で多く見られるのが僕には嬉しいです。

古き良きコモンズよ永遠なれ。業界の利益ではなくコミュニティの利益を代弁し行動し続ける人をこれからも応援します。


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